FC2ブログ

小春と一緒に暮らしたこと。(最後の夏。)

sakiは少し大きくなり、また新しくあかちゃんがやってきました。
小春を見つけるとやっぱり寄っていくいっくんを
相変わらずおっとりとあしらっていた小春。

一方で、大きくなったsakiがあんまりしつこくすると、
鋭い声と顔つきで言い返すようになっていました。
小春には、まだ小さく大切にすべきものと、
多少は怒っても大丈夫なものとの分別がついていたのです。



梅雨が明けたころ、突然嘔吐を繰り返すようになりました。
食欲もなくなり、かかりつけの病院に連れていきました。

腎不全だと言われ、即、入院になりました。

1週間ほどして退院しました。
でも、失われた腎臓の機能は、回復することはない。
オットに手伝ってもらい、自宅で皮下点滴をすることになりました。

最初は、うなったり、オットに爪を立てたりして嫌がっていた点滴。
日を追うごとに、針を刺されてもおとなしくなっていきました。

それは、私たちの処置が上手になったのではなく
小春が日ごとに衰弱していっていることを意味していました。

食欲もなく、ぷっくりしていた体がみるみる細くなりました。

やせて寒く感じるのか、気分が悪く心細いのか、
真夏にも関わらず、小春は一緒の布団で寝たがるようになりました。

場所はいつも、私かsakiの枕のとなりと決めていて
布団に入ると、そっと座りにきました。

病院の先生の話や小春の様子から、
確実にそのときが近づいていることが、日に日に理解できました。

小春が布団に入ってくると
やせてしまってすぐゴツゴツと背骨に触れてしまう体をなでて、
変わらずモフモフしていたおなかの真っ白な毛に顔をうずめました。

元気だった小春なら、おなかの毛に顔をつけられると
ちょっと、わたしのキレイなおなかに何するの、
とばかりに一生懸命毛づくろいを始めたはずでした。
それを見ていつも、何よ、人をそんな汚いものみたいに、失礼じゃない
なんて軽口をたたくのが常でした。

でも、小春はもう、目を細めてされるがままになっていました。

なでなでして、モフモフしながら、泣きました。



闘病2か月ほど経ったころ、とうとう粗相するようになってしまいました。
申し訳ないといった様子で、奥の部屋のすみっこに隠れていました。

できれば、今の生活のままで、最期を看取ってあげたい。
一縷の望みから、おむつをしてくれたらと試しましたが、断固拒否されました。

やむを得ずそのときから、子どもたちとは生活スペースを離しました。

***

今思えば不思議なことですが、
オットは今年の夏に限って、お盆もお休みをもらえないような勤務でした。
泊りがけで遊びに行ったりすることもなく、
私たちは毎日小春と一緒でした。

sakiといっくんがお昼寝した後、ミシンを踏む。
傍に目をやると、小春が座っている。

そんな静かな夏を過ごしました。

スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。