サルールと肩あきTシャツ。

1つ前までの小春のことについて
多くの方に読んでいただいた上に、温かいコメントやたくさんの拍手、
応援をいただき、嬉しく思うことでした。
また、その前から、コメントはもちろん、応援クリックや拍手をいただいていたこと、
とても感謝していました。
いつもありがとうございます。

今回から、またハンドメイドなどの記録を綴っていきたいと思います。

***


そういえばいまだに、
いっくんには退院着以外のお洋服を作ったことがなかったのです^^;    

というわけで、まずはプチオペさんのサルールパンツ。


・・と言ってはいけないような。
実はsakiのときと同じく90サイズを縮小し、
さらに背の低いいっくん用に、裾リブも省略しました。
sakiにはリブ有りで作ったら、すごくはかせにくかったこともあって。
(たぶん縮小がアレなんですけど)

ポケットも、手も入らないぐらい小さくなるので
適当に外付けポッケにしました。

作り終わったら、合わせるTシャツも作りたくなって、
mishmashさんの肩あきT80。



SMILEさんの動物サーカス、やっぱりこの色だけケチ買いしちゃってました
どこぞで買わない宣言までしたのに^▽^;
でもすーんごく可愛い。ちいさい子に似合う~(´艸`*)

いっくんは頭が大きいので肩あきは必須なんですが
ラグランの肩あきは、仕様書の段階で「?」「?」となってしまって・・
甥っ子のために買ってあった肩あきT の仕様書を見たら、
すごくあっさり肩あきができそう!
実際、すごく作りやすくて、これならまた作りたいなと思いました。


初めてのいっくん服、上下セットです。



大型の台風が過ぎたら急に寒くなって
やっと着せられました。



どちらも、少し袖や丈が長いぐらい。
折って着せれば問題なさそうです。

ちなみに、74センチ10キロ弱の子が着ています。


おしりプックリ。


肩あきTは・・首回りが小さい?
肩あきがあるので難なく着せられますが、ボタンをとめると、
だいじょうぶ?きゅうくつじゃない?
って聞きたくなります。

でも実際は首をしめてるわけではなく、
それでいて、中に下着ロンパなど着せても見えなそうな感じです。

(おまけ)
いっくんミニ4コマ^^*

Read more...

スポンサーサイト

小春と一緒に暮らしたこと。(さよならのとき。)

それから2週間ほどして、小春の様子が本当に本当にしんどそうになりました。
やせすぎて、皮下点滴も皮膚からあふれてしまうようになりました。

目に生気がなくなり、涙を流して、
それでも点滴をするといくらか気持ちよさそうでした。
その夜は、小春に小さく話しかけながら、長いことなでていました。

小春はその間じゅう、目を細めて、時々かぼそく鳴きました。

気が付いたら、子どもたちが寝る時間はとっくに過ぎていました。
子どもたちの寝る準備をしながら、
お薬をもらいに行くのに、小春も連れていくのは、もうかわいそうだよね。
事情を話して、お薬だけでももらえないかな。

オットとそんな話をしました。



その翌々日のことでした。

オットは社会人チームのサッカーに出場することになっていました。
普段なら、子どもたちを連れて応援に行くところでしたが
いっくんが熱を出したこともあり、家にいることになりました。

朝起きて小春の様子をみると、小さくニャーと鳴きました。
近くで朝食をとっていたオットが、まだ大丈夫かな、と言って出かけました。

***

子どもたちに朝ごはんを食べさせた後、片づけながら小春を見ました。
目が合って、座る姿勢を変えようとしていました。

それからほんの少し経った後、洗濯物を干しにベランダに出ようとして
また小春を見ました。
ただ寝ているだけの小春。
最近特に見慣れているはずでしたが
全身に、嫌な予感が走りました。
小春?小春?と呼びかけながら、息をころしておなかの付近をみつめました。

息をするために、おなかが上下に動くことは、ありませんでした。

小春!小春!と声をかける私をそばで見ていたsakiは、
何が起こったかすぐにわかり、号泣し始めました。

こはるが、しんじゃった。
こはるが、しんじゃったー。

何度も何度も、泣きながら叫んでいました。

しんどかったね。大変だったね。よく頑張ったね。ありがとうね。
確かそんなことを言いながら、私はまだ温かい小春をなで続けました。

小春は最後に苦しがることもなく、迷惑もかけず、
ただ眠るように、静かに逝ってしまいました。

空が高く、気持ちの良い秋晴れの日でした。
起きたらそのまま、空を駆けのぼっていきそうな姿勢でした。
この窓から出て、きっと空を思い切り駆けまわっているのだろう。
そんな風に思えました。


なんとなく、予感していたことが起こりました。
オットのサッカーチームが優勝し、九州大会出場を決めました。

小春が空を駆けて応援に行ったとしたら、きっとオットは勝つだろう。
ばかみたいに思えるかもしれませんが、
そんなことを思っていました。

帰ってきたオットにおめでとうと言った後、いやな顔されないかな、と思いつつ
小春のおかげで勝てたんだよ。と言ってみました。

オットは、本当にそうだね。と言ってくれました。
この人と結婚して、良かったと思いました。


「さき こはるが すきだよ」

sakiが小春に、ハートがいっぱいの、最後の手紙を書いてくれました。
小春の棺におさめて、一緒に火葬してもらいました。

そして小春は、小さな銀色の壺に入って、またおうちに帰ってきました。

***

小春が好きだった出窓に居場所を作りました。
父親がいい香りのお線香をくれて、また別の日には花を買ってきてくれました。

そういえば、父親のことも小春は大好きでした。
父親が訪ねてくるといつも、なでてもらうために父親のそばに座っていました。



優しくて賢かった小春は、12年一緒に暮らした私に
さよならのときがもうすぐ来ることを教えてくれました。

子どもたちがいるから、悲しんでばかりはいられない。
小春のおかげで、私は泣かずに子どもたちのお世話ができました。

1週間ほどして、トイレに置いてあった猫砂を見るのが辛くなり、
処分することにしました。

子どもたちは、居間で遊んでくれていました。
小春の猫砂やペットシーツなどをひとまとめにして、床をほうき掛けし、水拭きしました。

綺麗になったはずのトイレは、ただただ悲しくて
涙がどっとあふれてきました。
sakiちゃん、ちょっとお母さんゴミ捨ててくるから待っとってねー。
ハーイ。という声を聞いて、外に出ました。
ごみ捨て場まで、小春がいなくなって初めて、
わんわん泣きながら歩きました。



さようなら小春。
もうちょっと一緒にいられると思ってた。
転勤族で、家族も増えて、我慢ばかりさせてごめんね。
最後にきびなご、お腹こわすと思ってあげなかったんだけど
やっぱりあげたらよかった。
ニャーって鳴いたのにね。ごめんね。

まだ小さい頃、お母さんとはぐれた小春。
お外が大好きだった小春。

今家にあるお骨は、四十九日が過ぎたら
小春と出会った町に返しに行こうとオットと話しています。

お骨が手元になくても、私には12年分の幸せがあります。
小春が生まれた場所で、思い切り駆け回れるように。
お母さんとまた会えますように。

小春と一緒に暮らしたこと。
数えきれない思い出は、私の心の中を、ずっと彩り続けます。



最後に
小春との思い出を読んでくださった方
拍手をくださった方(小春のことだけに限りませんが)。
お気持ちに励まされて、最後まで書くことができました。
書いている間、小春のことを思い出して辛くなることもありましたが
小春との思い出に浸り、泣く時間ももらえました。
ありがとうございました。

いつもそばで見守ってくれていた小春がいないのに慣れず、
ミシンを踏む気持ちがなかなか起きませんでしたが
最近、ちょこちょこやれています。
また、のぞいてもらえたらと思います。

小春と一緒に暮らしたこと。(最後の夏。)

sakiは少し大きくなり、また新しくあかちゃんがやってきました。
小春を見つけるとやっぱり寄っていくいっくんを
相変わらずおっとりとあしらっていた小春。

一方で、大きくなったsakiがあんまりしつこくすると、
鋭い声と顔つきで言い返すようになっていました。
小春には、まだ小さく大切にすべきものと、
多少は怒っても大丈夫なものとの分別がついていたのです。



梅雨が明けたころ、突然嘔吐を繰り返すようになりました。
食欲もなくなり、かかりつけの病院に連れていきました。

腎不全だと言われ、即、入院になりました。

1週間ほどして退院しました。
でも、失われた腎臓の機能は、回復することはない。
オットに手伝ってもらい、自宅で皮下点滴をすることになりました。

最初は、うなったり、オットに爪を立てたりして嫌がっていた点滴。
日を追うごとに、針を刺されてもおとなしくなっていきました。

それは、私たちの処置が上手になったのではなく
小春が日ごとに衰弱していっていることを意味していました。

食欲もなく、ぷっくりしていた体がみるみる細くなりました。

やせて寒く感じるのか、気分が悪く心細いのか、
真夏にも関わらず、小春は一緒の布団で寝たがるようになりました。

場所はいつも、私かsakiの枕のとなりと決めていて
布団に入ると、そっと座りにきました。

病院の先生の話や小春の様子から、
確実にそのときが近づいていることが、日に日に理解できました。

小春が布団に入ってくると
やせてしまってすぐゴツゴツと背骨に触れてしまう体をなでて、
変わらずモフモフしていたおなかの真っ白な毛に顔をうずめました。

元気だった小春なら、おなかの毛に顔をつけられると
ちょっと、わたしのキレイなおなかに何するの、
とばかりに一生懸命毛づくろいを始めたはずでした。
それを見ていつも、何よ、人をそんな汚いものみたいに、失礼じゃない
なんて軽口をたたくのが常でした。

でも、小春はもう、目を細めてされるがままになっていました。

なでなでして、モフモフしながら、泣きました。



闘病2か月ほど経ったころ、とうとう粗相するようになってしまいました。
申し訳ないといった様子で、奥の部屋のすみっこに隠れていました。

できれば、今の生活のままで、最期を看取ってあげたい。
一縷の望みから、おむつをしてくれたらと試しましたが、断固拒否されました。

やむを得ずそのときから、子どもたちとは生活スペースを離しました。

***

今思えば不思議なことですが、
オットは今年の夏に限って、お盆もお休みをもらえないような勤務でした。
泊りがけで遊びに行ったりすることもなく、
私たちは毎日小春と一緒でした。

sakiといっくんがお昼寝した後、ミシンを踏む。
傍に目をやると、小春が座っている。

そんな静かな夏を過ごしました。

小春と一緒に暮らしたこと。(家族がふえて。)

小春と一緒に暮らし始めて数年後、
オットと結婚し、sakiが生まれました。

激変する環境に対応できるのか、私も含めて、周りはとても気をもみました。
ベビーベッドやベッド用の蚊帳まで用意して、間違いが起こらないよう備えていました。

小春とsakiを初めて会わせた日。

sakiのおむつを替えていたら寄ってきて、クンクンしたあと
オエッ Σ(-""-;)とした顔をしたっけ。
それ以来、小春はsakiを遠巻きに見守るようになりました。

イタズラしたり、踏んづけたりすることは、
拍子抜けするほどありませんでした。



むしろその逆で、
小春は好奇心が出てきた赤ちゃんの格好の遊び相手でした。
ゆっくり休んでいるところをわしづかみにされていることが、よくありました。




そんなときも決して怒らず手を出さず、
ほんとうに遠慮がちな声で、ニャー・・(>_<) と私を呼びました。

も~、来るのわかるんだから逃げたらいいじゃないっ などと
心無い飼い主に逆に怒られてしまうような、
やんちゃで甘えん坊だった小春はいつのまにか、
おっとり優しいお姉さん猫になっていました。

いつか載せたことがある、sakiとお昼寝している小春。




2人で寝ているところをカメラに収めようと顔の見えるほうへそっと行くと、
驚いたことに起きていた小春。

このとき私は別部屋でミシンをしていたんですよね。
キリッ!とした顔で、お母さんのかわりをしてくれていたのでした。

ちなみにこれは、ひとりでノンビリしていたときの小春。



・・キリリ顔とはエラい違い(笑)

***

こんなふうに、小春は新しい家族と上手に暮らしていました。

そしてこんな暮らしがこれからも、まだまだ続くのだろうと、
私は思っていました。

小春と一緒に暮らしたこと。(2人での暮らしと、持病と。)


小春は賢く、トイレもすぐ覚えて、家具や柱にもほとんど傷をつけませんでした。
若いころはやんちゃで、カーテンまで駆け上がるほど元気いっぱい
ご飯もモリモリ食べて、あっという間にぽっちゃりさんになってしまいました。

チャームポイントは、ピンクの小鼻。
おしゃべり上手のおねだり上手。

昔話から出てきた猫のようにお魚が大好きで
お刺身をパックから出したり、魚焼きグリルを開けただけでも、
どこからかすっ飛んできてニャンニャン言ってきました。

わかったわかった、もちょっと待ってという私の手に頭をグリグリ押し付けて横取りし、
結局いつもお魚は2人で、美味しいねぇ、と言いながら食べました。

寒い季節になると、一緒の布団に入ってきました。

先に入って布団を温めておく、ということは皆無。
私が入って、そろそろあったまったかな、という頃合いに、枕元にそっとやってきて・・
もぐる、ということもなく。
開けてよ、という風に、布団を手でサワサワするので、私がふとんを上げてあげました。
たまに意地悪して気づかないふりをしていると、顔をひっかかれました。

それでも一緒に寝るのは本当に暖かくて幸せでした。



一緒に暮らし始めてから最初の春ぐらいに、
おしっこがでにくくて困っている小春に気づきました。
慌てて病院に連れていくと、尿路結石だと言われました。
まだ1歳でしたが、このときからごはんは専用の療法食になりました。



猫にとっては療法食は、あんまりおいしくない様子でした。
仕方ないといった風情でカリカリ食べる小春を見ながら、
この子はノラのままだったら、わりと早くに命を落としてたんだろうなと思いました。

一方で、もともとノラの小春はほんの掃除のすきに抜け出してしまったりして、
外が好きなんだろうなということもわかっていたので
あのとき引き取らず、外の世界を思い切り駆け回って自力で食べ物を得て・・
それで命を落としたとしても、それはそれで幸せな一生なのかもしれないとも思い、

これから先、ずっと食事は味気ない療法食のみになるとお医者さんに言われてから、
小春の幸せって何だろうと思ったりしながら、時々療法食にかつお節をかけました。

ただ、外に出てしまっても、程なくすると、網戸からニャーンと声がして帰ってくるので、
もう、ほんとにアンタはねぇとか言いながら、やっぱり一緒に暮らしていました。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。